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2016年10月22日 (土)

連絡くれぬボブディランを批判するノーベル賞委員の傲慢

2016年のノーベル文学賞に選ばれたボブ・ディラン氏に、ずっと連絡が取れていないことについて、選考委員会のメンバーが10/21、スウェーデン公共放送のインタビューで「無礼で傲慢だ」と批判した。

だが、そもそもノーベル賞を決定する前に、受賞候補者に対して「受賞が決定した場合、受けていただけるか」という打診をしておくべきでなかったのか。そうした事前の確認もせずに賞を一方的に発表しておいて、連絡が取れないからと批判するのは、それこそ傲慢な姿勢に映る。

ボブ・ディラン氏のシンガー活動は、もともと既存の権力のワク外で、歌を用いて主張してきたものだ。ノーベル賞は権威あるものだから、受賞が決定すれば、だれもが光栄に思って喜ぶはずだというのは、主催者側のおごりではないのか。

ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、豪華な祝賀パーティーを見て、「これだけの宴会のお金を、貧しい人々に回すことができたら・・・」とつぶやいたという話もある。

ノーベル賞の受賞を素直に喜んで、豪華な授賞式に出席することを光栄に思う人が、一般的に多いことは事実だが、ノーベル賞を授与する側は、権威主義が“上から目線”になっていないかについても、常に自らを見つめていく必要があるだろう。

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